アートをめぐる旅

パリ・ワシントンDCで暮らした共働きの転勤族が、歴史・文化・芸術・自然をめぐる旅をしています。

京都 哲学の道~法然院  

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世界遺産 銀閣寺をでて、ゆるかやにカーブする哲学の道を歩いていくと、さっきまでの観光地風景が一転、ひっそりとした山あいの雰囲気に満たされてゆきます。道沿いを流れる琵琶湖疏水と桜並木が、外の世界との境界を優しく形づくっているようで、何かを考えるには持ってこいの落ち着いた気分になれる場所です。

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西田幾多郎自筆の歌碑
人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり

40歳で京都帝国大学に赴任し、退官までの約20年間をこの地で過ごした西田幾多郎が思索を深めた哲学の道。その著書『善の研究』では、知即愛、愛即知(知れば好きになるし、好きだからもっと知りたい)という、シンプルにして力強いメッセージがのこされています。未知の世界に飛び込んでいく、転勤族人生の座右の銘にしたい言葉です。

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椿で知られる法然院

石畳の参道に散る椿の美しさで知られる法然院は、法然ゆかりの地に開かれた念仏道場から始まった浄土宗系寺院。残念ながらこの日は、法要のため庭のみの見学でしたが、方丈には狩野派の描いた襖絵が重要文化財に指定されているそう。

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苔むした茅葺きの山門に、鄙びた京都の魅力を再発見した早春の1日。境内の墓地には、谷崎潤一郎や九鬼周造など多くの文化人が眠るとあって、どことなく漂う粋な空気に納得したのでした。






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【世界遺産/西国三十三所めぐり】 清水寺ライトアップ  

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阿弥陀堂前からの絶景!1633年(寛永10)再建の本堂(清水の舞台)

京阪電車を清水五条駅で降りて五条通を歩いていくと、五条坂からは夜間拝観へ向かう人の波ができていました。

学生時代の修学旅行を皮切りに、幾度となく訪れた清水寺。京都が新幹線で来る場所だった頃は、歴史に思いを馳せながら丁寧に見る余裕はなかったけれど、こうして時間を気にせずいられる今は、目にするすべてをもっと深く知りたいと思います。




平安時代、坂上田村麻呂(758-811)が僧延鎮と出会い、自邸と十一面千手観音像を寄進したことから観音信仰の寺として発展した清水寺。境内の開山堂(田村堂)には田村麻呂夫妻が祀られています。寺の縁起が語られる能の演目『田村』も有名です。

京の都を焼野原にした応仁の乱で全焼した他にも、南都北嶺の争い(奈良仏教v.s.平安仏教)や落雷、失火などで何度も焼亡を繰り返し、寺の歴史に関わる古文書もほとんどが消失。そのため、清水の舞台がいつ誰によって設計建築され、どんな風に使われてきたか、正確なことは分かっていないのだそうです。

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高さ約13メートル、釘を使わない懸造(かけづくり)の清水の舞台

清水寺が描かれたたくさんの文学作品を紐解いていくと、清少納言の「枕草子」や紫式部の「源氏物語」には舞台の記述がまったく出てこず、平安末期になってようやく公家の日記に舞台が登場。戦国時代に描かれた「清水寺参詣曼荼羅」には本堂を含め、舞台造りの建物が3つも描かれ、時代によってその姿を変えつつ発展してきたことが分かります。「檜舞台」の語源は、清水の檜の舞台で観音様に芸を奉納する晴れがましさからきているという説もあるのだとか。

清水寺はまた大絵馬の宝庫としても有名で、長谷川等伯の息子久蔵の手になる芸術的価値の高いものなど多くの絵馬が宝蔵殿に収蔵されています。(通常非公開)本来は生き馬を奉納するところを、簡略化して広まった絵馬。京都の豪商角倉家が奉納した渡海船図は国の重要文化財に指定されているそう。見てみたい・・

御本尊の十一面千手観音は33年に一度の御開帳。お前立ちでそのお姿を目に焼きつけて参りました。

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♬御詠歌
松風や 音羽の滝の清水を むすぶ心は 涼しかるらん






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